開通1週間前!東八道路・放射第5号線 施設見学会に参加

施設見学会関連

三鷹市~区内の東八道路・放射第5号線が6月8日に開通するのを前に、1日に「施設見学会」が開かれたので参加してきました。

これまで、少しずつ都心方面へ延伸してきた東八道路ですが、いよいよ6月8日に図の区間が開通し、区部と直結します。

6月1日には開通前の道路を歩いて見られる「施設見学会」が開かれました。事前応募などはなく、参加は自由です。

このブログではここ数年、この道路を何度も取り上げてきたので正直、新鮮味は全くありませんが、来週いよいよ開通するのかと思うと、不思議な気持ちになります。

施設見学会は上図の左側2つ、「久我山区間」と「三鷹区間」のみで、高井戸西・高井戸東は行われていません。

模式図

↑三鷹・久我山区間(下図左に続く)

↑高井戸西区間(下図左に続く)

↑高井戸東区間

※模式図のため一部表示などは省略しています。3つの図面で凡例を統一していません(すみません)

施設見学会の様子

パンフレットやオリンピックバッジなどの配布があり、開通前の道路を自由に歩いて見ることができました。

「順路」とありますが、特に歩くルートが決まっているわけではありません。

東京都が造る特に大きな道路では、このような施設見学会を実施することがあります。最近ですと、環状2号線(豊洲付近)や、国分寺3・2・8号府中所沢線(新府中街道)などでも行われましたね。

開通前の道路には、オリンピック関連の展示や、道路工事で使用した重機の展示なども行われていました。

テレビ局やケーブルテレビの取材なども来ていました。

歩道の舗装で使用するインターロッキングブロックの素材と形状が決定したらしく、これも展示してありました。

現在の歩道は仮舗装で、開通後に工事を行い写真のインターロッキングブロックによる舗装となります。

国立~三鷹間の東八道路の事業期間の図がありました。

昭和30年代から作っていたんですね。

職員さんに聞いた

Q:岩崎橋~高井戸公園間の玉川上水右岸には遊歩道は造らないの?
A:自然保護区間としているので造らない。

Q:昨年12月に予定されていた中の橋交差点の切り替えはまだ行われていないが?
A:警察と調整中で、開通後の交通状況を見ながら切り替える。

Q:国道昇格はある?
A:ない。東京都が管理する。
(※以前国土交通省の方に聞いた時にもないと言っていました。)

Q:牟礼橋西側、人見街道沿いの空き地は今後の整備に関係ある?
A:ない。

進捗状況

現在行われている工事一覧

6月上旬までの予定で、街路築造工事(29三-放5高井戸)が行われています。もうまもなく終わるでしょう。

2020年1月上旬までの予定で街路築造工事(30三-放5久我山・高井戸)が行われています。おもに歩道の舗装を行います。

工事ではありませんが、環境影響評価関連の調査予告が掲示されていました。

5月19日からの変化点

施設見学会の前後で道路の進捗具合を見てきました。施設見学会開催区間以外も含みます。

◎上高井戸陸橋上り線に合流信号機運用開始!

環八通りをオーバーパスする上高井戸陸橋上り線と側道の合流部の信号機が、5月28日23時より使用開始されました。

同時に上高井戸陸橋の上り線も片側2車線化しました。

 

陸橋(本線)の片側2車線化に伴い、側道から首都高速高井戸入口に行くためには車線を3回車線変更が必要になったため、ここに信号機を設置し交互に青にすることで車線変更を容易にしています。

高井戸出口と一般道の合流部も2018年11月18日頃に信号機の使用を開始しました。これも同様の理由と思われます。

上高井戸陸橋の下り線については現在も片側1車線ですが、簡易的な柵が置かれているだけで、いつでも開放できそうな雰囲気です。

◎ローソン前交差点の横断歩道を移設

ローソン高井戸二丁目店前の交差点の横断歩道が移設されました。

移設自体は1ヶ月ほど前より予告されていました。

なお、写真に写っていない脇道の横断歩道2箇所も移設されています。

◎これまで見られなかった部分も見学会で開放

久我山区間は工事中も通行できる箇所が多く、見学会開催以前から多くの場所で工事の進捗を見ることができました。

ただ、岩崎橋東側の下り線など一部ではこれまで近くから見ることができなかった箇所もありました。今回の施設見学会ではそんな場所も一部以外見ることができました。

写真は岩崎橋東側の下り線です。道路の構造としては上り線とほとんど変わりません。

◎縁石など細かいところも修正

縁石などの細かいところも修正されました。

設計ミスなのか施工ミスなのか・・・?

◎三鷹区間でもやっと開通案内掲示

これまで開通の案内看板は久我山・高井戸西・高井戸東区間でのみ掲示されていましたが、三鷹区間でもやっと掲示されました。

ただ、この大きさだと走っている車から見えないと思うぞ・・?

道路開通後、人見街道東八道路は直接行き来できません。

現在は事業前から存在した生活道路を維持する関係で行き来ができますが、6月8日15時以降締め切ることを示す看板が掲示されました。

ちなみに、撤去されずに残っていた「3月切り替え」の看板はやっと撤去されました。

下本宿通り(東八道路)から中本宿通りへは6月8日14時以降右折できなくなります。

話はそれるが・・・

込み入った話

千代田区の半蔵門付近から八王子市高尾山IC付近まで、一連して決定している都市計画道路が放射第5号線東京八王子線です。

放射第5号線は23区内(東京都市計画区域)の都市計画道路名称で、東京都市計画道路幹線街路放射第5号線を略した言い方です。23区内は環状第8号線や放射第7号線、補助第156号線のような都市計画道路の名前となっていますが、こんな名前は東京都市計画区域くらいです。(大阪もちょっと特殊)

東京八王子線は多摩地域の都市計画道路名称です。実際には「三鷹都市計画道路3・2・2号東京八王子線」、略して「三鷹3・2・2号東京八王子線」のように都市計画区域名称と番号が付きます。

東京八王子線を日野・八王子の方に進むと「日野バイパス(延伸)」や「八王子南バイパス」のような名前を聞くことがあるかもしれません。

これは国が行っている事業の名称で、都市計画道路の名称ではありません。

さらに、「東八道路」や「日野バイパス」という名前を聞いたことあるかもしれません。

これは東京都が決定した通称道路名です。東京都では「甲州街道」や「靖国通り」といった通り名を正式にどこからどこまでと決めて告示しています。
1962年に最初の決定以降、1963年、1984年、少し時間をあけて2014年4月1日に決定しています。通称道路名で決定した名称は道路標識などでも使われます。

東八道路」が最初に登場したのは1984年の通称道路名決定のときで、それまでは「30メートル道路」などと地元では呼ばれていたようです(幅が30m)。ちなみに東八道路の「東」は「東京」を、「八」は「八王子」のことです。ただ通称道路名としては八王子まで到達してないんですよね。

日野バイパス」が通称道路名として決定したのは2014年のこと。それ以前の国の事業名が日野バイパスであったこと、市販の地図などでもっぱら日野バイパスが使われていたこともあって、追従する形で決定しました。

ちなみに国の事業名である「八王子南バイパス」は通称道路名としてはまだ決定していません。

まとめるとこんな感じです。

この道路が通過する範囲では都市計画区域=市域となっていますが、そうではないところはたくさんありますので(例:多摩都市計画区域=多摩市・稲城市)注意してください。

この道路の歴史

東京八王子線が一番最初に決定したのはいつだろう・・?と調べると、昭和40年前後が引っかかります。都市計画図にもそう書いてあります。

しかし、それ以前にもかなり似たルートで都市計画道路が存在しました。それは昭和10年代、多摩地域の市町村に都市計画法が初めて適用された時期まで遡ります。

これは昭和18年に府中市(だいたい)の範囲で決定した都市計画街路の図面です。図面上の方に東西に横切り、西側でやや南下しているのが東京八王子線にかなり近い計画線です。

その後昭和40年前後(府中では昭和37年)に都市計画道路の全面的な改定があり、昭和10年代の決定をすべて廃止、新しく決定と流れをとります。これは変更という扱いではないそうで、これがゆえに現在の都市計画図を見ると、当初決定は昭和40年前後になるのです。

何が言いたいかというと、この道路は多摩地域に都市計画が誕生した昭和10年代から計画があったということです。(厳密にはルートが若干違ったりするので100%一致はしません、あと23区内の放射第5号線はもっと複雑です。)

個人的には、この昭和10年代~40年代・45年くらいまでの多摩の都市計画についてもっと調べたいと思うところです。

撮影日:2019年6月1日 記載内容は執筆日または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました