東京山手急行電鉄の痕跡と言われる橋梁を見に行った

ずっと気になっていた「東京山手急行電鉄」の痕跡と言われているものを見に行きました。

「東京山手急行電鉄・・・?なんじゃそりゃ」ということですが、それはあとで。

京王線・京王井の頭線の明大前駅から京王井の頭線に沿って吉祥寺方面へ向かうと見えてきます。写真は甲州街道20から撮影しました。

これは玉川上水京王井の頭線を越える橋梁です。

もう少し進んで、反対側から見てみました。


玉川上水は現在は鋼管となっているようで、それと並行して遊歩道も京王井の頭線を越えていきます。
橋をよく見ると橋脚が5本あって、4つの隙間があることがわかります。その隙間のうち2つを京王井の頭線が通っています。

左側2つの隙間は線路がありません。これが東京山手急行電鉄の痕跡であると言われています。

二子玉川にある東京都公文書館で見てきた資料

東京山手急行電鉄は、現在の山手線の更に外側に計画された環状の私鉄でした。

その後、現在の京王井の頭線を計画していた会社を合併したり色々あったようですが、東京山手急行電鉄の計画は金銭的に破たんしたそうです。現在の京王井の頭線はその後開通しています。

東京山手急行電鉄は大井町~自由が丘~梅ヶ丘~明大前~中野~・・・~洲崎町で計画され、明大前では現在の京王井の頭線・京王線と接続する計画だったそうです。

注1:東京都公文書館は2019年度に西国分寺に移転予定。
注2:上の図面は当初の計画でルートが若干異なり、代田橋駅付近と交差する計画だったようである。
注3:駅名、鉄道名は現在のもので当時の名称は異なる場合がある。

同様に資料

これは「渋谷吉祥寺間工事方法1部変更【京王軌道橋梁下・玉川上水水路橋下甲州街道跨線道路橋下電気工作取付構造図】帝都電鉄(株)」という件名で公開されている資料の抜粋です。

現在の京王井の頭線を建設する時のものだそうで、図面は玉川上水交叉跨線水路橋設計図です。ただ、現在の橋梁とは形が違ったりしていて、この後で計画が変更されたのか、何か別の橋なのか、よくわからないので、言及せず資料だけここに置いておくことにします。図がざらついているのはもともとです。

これは現在の京王井の頭線の松澤停車場設計平面図です。現在の明大前駅のことです。

ホームが2面4線で、東京山手急行電鉄と現在の京王井の頭線が相互に乗り換えられる計画だったようです。

少し待っていると電車がやってきました。

さっきから「だそうです」「ようです」「言われている」と濁して書いていますが、資料と調べが足りず断定していいのかわからないからです。すみません。

吉祥寺方面を見てみると、京王井の頭線は掘割を抜けて永福の方へ行きます。

東京山手急行電鉄はここを右の方へ伸びる計画だったのでしょう。

甲州街道から明大前駅を眺める

明大前駅を見ると、いまは両側に建物が並び4線の用地はありません。車両の長編成化や駅施設の拡張の影響もあったのかもしれません。

上の図面を今の地図に重ねてみると、線路の位置が若干違うようで、これも謎要素です。計画変更されたのか、ずれているのか。?

ちょっとブログを書こうといろいろ調べたら、思いのほか深い沼だったのでこれくらいにしておきます。調べたらきりがなさそうです。中途半端な記事ですみません。

おまけ

以前の記事で京王線(仙川駅~調布駅)の旧線を探索したことを書きました。

その時資料をあさっていたら見つけたものが下のこれ。

『京帝たより』という京王帝都電鉄(現在の京王電鉄 1998年改称)の広報紙1956年3月1日付です。

東京の鉄道計画・未成線を少し調べたことがある方ならご存知かもしれませんが、京王はかつていくつかの鉄道線を計画していました。結局それらもできなかったわけですが、これほど大きく広報していたとは驚きです。

立川線」は今の東八道路などとほぼ並行するようなルートですかね。東京山手急行電鉄線といい、いまあったら便利な鉄道かもしれません。客の争奪は激しくなりそうだけど。

撮影日:2018年6月1日 記載内容は執筆日または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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