飛田給駅南口・西調布駅北口等 調布市内2017年春の開通

3月の下旬にかけて、調布市内で行われていた道路建設が順次終了し交通開放されました。

飛田給駅南口(飛田給南口線)

飛田給駅の南口の調布3・4・33号飛田給南口線3月27日に交通開放されました。

以前からあった生活道路を大幅に拡幅する形で、幅16m、延長約130mとなり、品川通りから飛田給駅南口まで通ることができるようになりました。

飛田給駅西側の踏切は都市計画道路には含まれず、現段階では拡幅や立体化は行われていません。歩行者通路は飛田給駅に南北自由通路があり、これが都市計画道路になっています。

品川通りとの交差点は品川通りに対する歩行者用信号のみで、飛田給駅南口へのこの道路に対する信号制御は行われていませんでした。

この交差点は一時停止が必要で、さっそく警察官が隠れて取り締まりをしていました。すでに取り締まりポイントになったようです。

開通した道路の電線類は地中化されています。また、道路の両端には自転車通行用のマーカーが施されました。電線類の地中化は数年前から都内に新設された道路では一般的になっていて、自転車マーカーは2016年の秋ごろから急速に増えています。

ある業界新聞の記事によると、道路の構造の元になっている「道路構造令」に自転車レーン(仮)の記述を追加する検討がなされているようです。

飛田給駅の南口には約3100平方メートルの駅前広場も新設。歩道もフロックでできていて、明るい街並みが完成していました。

飛田給駅といえば味の素スタジアムの最寄り駅ですが、スタジアム自体は駅の北側で、南側にはまだ商業施設は多くはありませんでした。

ロータリーにはタクシー等の駐車スペースのほか、バスが停車するためのスペースも設けられていました。

現時点では南口にバス路線はありませんが、ここに行ったときに調布市の担当者と京王の担当者が現場で話し合いをしていたので、バス路線開設に向けた協議を行っていたのかもしれませんね。

西調布駅北口(西調布境橋線)

西調布駅北口の調布3・4・32号西調布境橋線駅前~旧甲州街道間は、3月25日に交通開放されました。

こちらも以前からあった道路を大幅に拡幅し、幅16m、長さ約120メートルが通れるようになりました。

道路は西調布駅入口交差点、セブンイレブンの角に接続されました。

工事前の道路は駅方向に向けた一方通行でしたが、交通開放に伴い相互通行が可能になりました。

開通した道路には自転車マーカーが設置されましたが、飛田給駅とは異なり、青色の矢印のようなものもペイントされました。

飛田給駅南口と西調布駅北口の道路でも異なるように、自転車通行レーン(マーカー)は道路管理者などによってマークが違っていて、なかなか統一できていないように思えます。

駅の北口には約2000平方メートルの駅前広場も完成。タクシーの乗降場のほか、バス用の停車場も設置されていました。

駅舎には開通を祝う横断幕も設置されています。

駅前には現時点ではバス路線は開設されていませんが、調査のためなのかバスが停車していました。バス停の屋根もKEIOとなっていて、今後バス路線が開設されるのかもしれません。

調布市は西調布駅の南口の道路整備も「準優先整備路線」として着手を予定しているそうです。

調布駅西側道路(品川道天神前線)

調布駅と布田駅の中間の、調布3・4・28号品川道天神前線京王線~旧甲州街道間3月31日に工事が完成しました。

残る品川通り~京王線間と、旧甲州街道~甲州街道間は、2012年(平成24年)4月20日に認可され(東京都告示第808号・809号)、現在もなお事業中です。

また、これらの道路が開通するまでは、今回交通開放された区間も暫定的に北行きの一方通行になっています。

開通した区間の幅員は20.5m、延長は約120メートルです。

電線類は地中化されました。

写真からもわかるように、道路は2車線分の幅が確保されています。

2017年4月現在の残る区間の事業終了予定は、旧甲州街道~甲州街道間は2019年(平成31年)3月31日、品川通り~京王線間は2020年(平成32年)3月31日ですが、今のままだとさらに伸びると思います。

地下化された調布駅まわり

2012年に京王線が地下化されて早5年・・・調布駅では線路上に建物を建設したり、ロータリーを拡張したりと、街並みが変化し始めています。

写真の建物は「A館」で、京王電鉄プレスリリースによると、ファッションや飲食店などが入居する予定だそうです。

このほか西側に建設中の「B館」にはビックカメラが入居、その西側の相模原線との分岐部分直上付近に建設中の「C館」にはシネマコンプレックスが入居する計画だそうです。

同じく地下化した布田駅や国領駅でも街並みが大きく変化しましたが、その一方で駅間では線路跡地が放置されたままでこの先どうなるのか気になるところです。

上の写真は鶴川街道から線路があった方向を新宿方面に向いています。

2012年の地下化直前のほぼ同じところからの風景(ただし八王子方面)。このころは鶴川街道に簡易的な跨線橋が設置されていましたね。跨線橋は京王線の地下化までの簡易的に作られたもので、京王線が地下化されてからは撤去されました。

品川通りでも京王相模原線との跨線橋は撤去され、線路があったことを忘れてしまいそうになります。

撮影日:2017年3月29日ほか 記載内容は執筆日または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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