都市再生機構が出版した『多摩ニュータウン開発事業誌』にこのような記述があります。
(聖ヶ丘)地区西側の土地区画整理事業境界に沿った斜面地は、第2外郭環状道路構想を受け、一部道路用地として確保された。
多摩ニュータウン開発事業誌 市域編1 P.228
平成12年度都市計画変更(平成12年12月20日告示)
多摩ニュータウン開発事業誌 通史編 P.220
主たる変更項目
(略)
・第2外郭環状道路(自動車専用道)予定の幹線11号線を廃止した。
おおおっと、ちょっと待てちょっと待て。
そんなところを通るつもりで、用地すら取っていたのかよ・・・。というか、あれがそれだったのか!
第2外郭環状道路
第2外郭環状道路とは昭和40年代~50年代に広域幹線道路として位置付けられた道路のことです。第1外郭環状道路が今の外環道、第3外郭環状道路が今の圏央道に当たり、その中間に環状道路として構想されました。横浜~立川~所沢~さいたま~船橋などを通るルートです。
のちの核都市広域幹線道路(核都市間高速道路・核幹道)構想に引き継がれたものと思われます。
国の上位計画である平成11年に決定した『第5次首都圏基本計画』には、
東京都市圏においては、業務核都市相互間を結び業務核都市間の連絡機能を高めるための交通体系として、核都市広域幹線道路について構想の具体化を図るとともに、業務核都市相互間及び業務核都市と基幹的交通施設を環状に結ぶ新方式の高速交通機関について検討する。さらに業務核都市等へ集中する交通を円滑に処理するための環状道路等の整備、公共交通機関のサービス水準の向上等を推進する。
とあり、確かに記述されています。
一方、現行の上位計画を一通り確認しましたが、「核都市広域幹線道路」の文字は見つかりませんでした。私が見落としているのか・・・構想すらなくなったのか?(埼玉県の5か年計画には記述有)
ちなみに、首都高速神奈川7号横浜北線K7・首都高速神奈川7号横浜北西線K7などはほぼ同じようなルートと言えます。
※「構想」は「計画」に至るまでのぼんやりとした方針のことです。
多摩ニュータウンを抜ける構想だった
私が以前別のことでいろいろ調べていたときに、核都市広域幹線道路が多摩ニュータウン区域内を通過する構想であることから検討がなされていたことを知りました。
昭和46年に東京都南多摩新都市開発本部、日本都市計画学会がまとめた『南多摩新都市計画 土地利用』には、「第2外郭環状道路」として、川崎市黒川~多摩東公園~聖ヶ丘~関戸橋を通過するルートで線が書かれています。
赤色の線で囲まれた部分。加筆。
このルートは平成12年度に廃止されたルートと一致します。
住宅・都市整備公団南多摩開発局が昭和59年8月に発行した『多摩地域における各都市間高速道路(仮称)の整備に関する調査 報告書』では、立川基地跡地~東名高速道路間で3つのルートが代替案として検討されていました。
Aルート
- 立川基地跡から立川都市計広路1号(注1)沿いに国鉄中央線と並行し、「日野駅」と「豊田駅」の途中から八王子都計2・1・8(18~28m)(注2)沿いに南下し、多摩NT内は、府中C.C.の両端を迂回する。多摩NTから以南は、多摩市境沿いに町田市の市街化調整区域を可能な限りぬって、鶴見川沿いに横浜に至る。
- 中央高速道路とは、府中ICと八王子ICの中間でJCを新設する。東名高速道路とは、鶴見川河川敷を利用して、川崎ICと横浜ICの中間でJCを新設する。
(注1)現:立川3・1・34号線 立川市役所付近の南北の大通り
(注2)現:八王子3・3・30号線 中央大付近の多摩モノレール通り
Bルート
- 多摩モノレール・ルートに合わせたルート。
- 多摩NT内は、多摩都計1・3・3(28m)(注3)沿いのルート(1・3・3はモノレールルート)多摩NTの両端はAルートと同じ。
- 中央・東名高速道路とのJC位置もAルートと同じ。
(注3)現:多摩3・3・24号線 多摩市内のモノレール通り
Cルート
- 近郊整備地帯幹線道路(2環)ルートをとった場合のルート。
- 立川基地から立川都計広路1号(注1)沿いに南下し、多摩川沿岸部から中央高速府中IC(注4)に至り、多摩都計1・3・1(28m)を経て、多摩NT内は、多摩都計1・3・2(28m)(注5)を通過し、「永山駅」の東側から川崎黒川へ至る(2環ルート)。川崎からさらに横浜部へ至る。
- 中央高速道路とは、府中ICにおいてJCする。東名高速道路とはAルートと同じ。
(注4)現:国立府中IC
(注5)現:多摩3・3・8号線 鎌倉街道
検討の結果、「A案が最も容易と考えられる」とされ、AルートとBルートの2案で詳細検討がされています。
道路規格は自動車専用は第2種第1級の道路とされ、規格設計速度は80km/h、一部で街路を併設するとされています。
この結果、Aルートについてより詳細な検討を行うとされています。
また、平成3年に住宅・都市整備公団南多摩開発局がまとめた『核都市広域幹線道路の導入可能性検討 報告書』では、調査の目的を
首都圏改造計画等でその必要性が提唱されている核都市広域幹線道路については、ルートの具体的位置、道路構造などについて未確定な部分が多いが、多摩ニュータウンの一部地域を縦断する可能性もある。
本調査は該当路線が仮にNT内を縦断する場合における導入の可能性とその場合の条件に付いて検討し、将来のルート選定に備えて広域交通施設との整合のとれたNT整備を行うことを目的とする。
としたうえで、
多摩ニュータウン周辺部における核都市広域幹線道路の導入ルートとしては、NT事業の進捗状況および周囲の開発状況などから、現在のところ南北方向の都市計画道路八3・3・31(鶴川・平山・八王子線(注1))に沿ったルートが有力であると考えられる。
(注1)現:都道町田平山八王子線
核都市広域幹線道路の導入可能性検討 報告書
としています。
この中で、①八王子3・3・31号線を利用するルート、②府中カントリークラブ内を通過するルートの2案についてかなり詳細な検討がされています。(ここでは図面は載せません)
このように、時代を経るごとに多摩ニュータウン域内は徐々に西の方に検討ルートがずれて行っています。正直なところ、道路構想が具体化しないまま多摩ニュータウン事業が終了したのでしょう。
話が飛びますが、この立川基地跡地を通るのは共通事項のように書かれていますが、昭和記念公園東側の幅の広い道路を通る構想だったというのは、割と有名な話かもしれません。
多摩市聖ヶ丘のこと
結局のところ、聖ヶ丘の緑地帯(写真の矢印で挟んだ部分)は第2外郭環状道路が計画されていた名残らしいです。
空中写真で多摩東公園の西側の尾根幹に接する部分を見ると、隅切りのような空地すら見えます。
実際に現地を歩いてみると、今でも空き地として残されていました。
奥に見える建物が多摩ニュータウン諏訪団地です。左手に見える尾根幹が整備時にこの区間で座り込みを含む反対運動があり、結果団地側の道路は遊歩道になっています。こんなところに自動車専用道を造ったら反対運動凄かったでしょうね。
フェンスの中は雑草が生い茂っているだけで、誰の所有物なのかもよくわかりません。東京都?
ここを通す計画・構想は平成12年度に廃止されているはずなのに、別のことに使おうとしない理由も気になります。
小田急多摩線と京王相模原線を越える電車見橋から。
ここに道路を造るとしても、鉄道との交差方法や、丘陵部の地形など、検討することはかなり多かったのではないでしょうか。無論、今のようにトンネルばんばん掘るならわかりませんが。
おそらくこんなルート。
多摩東公園の敷地境界が緩やかできれいな曲線になっているのも面白いものです。
正面のマンションのある場所は2015年頃まで空き地だったと記憶しています。ずっと空き地だったのももしかしたら…そういうことだったんですかね。
都道18号線に出ると、ここから約1キロに渡り緑地帯となっています。斜面地が緑地帯となっている感じです。
ここに第2外郭環状道路が構想されていました。
この斜面地は土地区画整理事業によって整備された区域と、新住宅市街地開発事業によって整備された区域の境目でもあります。この坂道の道路形状もトンネルにするかどうするか色々検討されたようです。
ただ、この斜面地を高速道路が通ったとしてもかなりグネグネしたルートだったんじゃないかなぁ…とかちょっと疑問が残ります。
調べていくうちに、この道路の位置づけがわからなくなるし、第2外環から核幹道への変化、現在はどうなっているのかもモヤモヤしたものがあります。今回はこのくらい書いておきますが、間違っているよ…とか、何かご存知の方がいらっしゃたら教えてください。(検索して引っかかるサイトは一通り見ました。)
撮影日:2018年10月28日 記載内容は執筆日または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。
コメント
いつも楽しく拝見させて頂いて居ます
南多摩尾根幹線道路にこう言う計画があったんですね、今なら北は矢野口 伏見通り 埼玉県に入って関越自動車道の新座料金所にICを作り、南は町田街道相模原から圏央道 相模原津久井ICに繋ぐと良さそうですが都外の隣接県なので難しそうですね、いつか繋がる事を祈っております。