新大栗橋交差点改良工事 稲城側が5レーン化

交差点の改良工事が続けられてきた新大栗橋交差点ですが、2月下旬ごろに稲城側が5レーン化しました。

5レーン化した稲城市側の道路

事故を契機に歩車分離化

新大栗橋交差点鎌倉街道川崎街道が交わる稲城市・多摩市・町田市で最も交通量が多い交差点です。交差点は変則5差路の平面交差となっています。

2015年3月10日、交差点を自転車で横断中の小学生が左折中のトラックに巻き込まれる事故が発生しました。それまではよくある信号パターンの交差点でしたが、もともと事故が多い交差点でもあり、この事故を契機に多摩市議会でも歩車分離化を求める意見書が全会一致で可決されるなど「完全歩車分離化」への機運が高まりました。

歩車分離化を行うには、いくつかの課題がありました。

1つは旧鎌倉街道の交差部の中央分離帯を閉塞しました。(こんな写真しかありませんでした。)

ただ、聖蹟桜ヶ丘駅方面から来てここを右折する路線バスがあったため、1つ手前の健康センター入口交差点を右折するなど、バスルートを変更しました。

また、稲城方面側は上図左のようなレーンでしたが、左・直進・右のレーンをすべて分離する必要があったため、上図右のようにレーンを変更しました。

このほか、新大栗橋交差点では転回が禁止になったほか、自転車用に歩道切り下げを行うなど、変更が行われました。

その後、2015年10月25日に完全歩車分離式信号へ変更が行われました。ただし、これは暫定形での運用です。

稲城側5レーン化へ

稲城側は暫定形への改良で左・直進・右レーンの分離に伴い、直進レーンが1つのみとなり混雑が発生するようになりました。

このため、稲城側を5レーン化するため工事が始まりました。

5レーン化のためには中央分離帯を移設するだけではできませんでした。

稲城側にある小河原橋は中央分離帯部分が空洞であったため、この部分を埋める工事が2017年度に行われました。

2019年6月からは中央分離帯の移設5レーン化を含む交差点改良工事が実施されました。

その結果、中央分離帯が移動され、2020年2月下旬ごろに稲城側の5レーン化が実施されました。

旧鎌倉街道の中央分離帯閉塞箇所は柵からコンクリートに変更されたほか、

二段階右折用の窪みも設置されました。

信号サイクルも若干変更され、以前よりもやや単純になりました。(左折と直進の同時進行がなくなった)

交通量の多い交差点には変わりなし

皆さま、ご安全に!

撮影日:2017年8月29日、2018年10月4日、2020年3月6日 記載内容は執筆日または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

コメント

  1. ゲスト より:

    歩車分離信号化はあまり必要ないように思います。歩行者の青信号が短くなるし、自動車以外メリットないですし。しかも事故って自動車の前方不注意ですよね。
    本当に歩車分離化するなら、歩道橋か地下道を作るのが最適です。

    • yunomi-chawan yunomi-chawan より:

      そうでしょうか。
      変更前の信号現示を計測していないので比較はできませんが、現在の信号現示の歩行者用信号の青はそれほど短くはなく、横断するには十分な時間が確保されています。また、赤信号時の滞留も多くは発生していません。

      自動車以外のメリットは大いにあります。むしろ歩行者に対するメリットが大きな目的です。
      本文中にも書いていますが、左折車両が横断歩道と交差時に事故が発生しました。歩車分離化によって車両の動きと歩行者の動きが交差することは、理論上は皆無になっています。よって同様の事故は極限まで減らすことが可能になっています。

      事故は確かに前方・後方不注意かもしれませんが、起こしたくて事故を起こす人はいません。注意していても起きてしまうのが事故です。「前方不注意だから運転手のせい」で片づけるのはいかがなものでしょうか。

      たしかに横断歩道橋や地下道を造る方法も1つの手です。
      しかし、現状の新大栗橋交差点付近はそれらを造る用地はなく、新たに用地買収をする必要性があります。また、バリアフリーの観点から、近年新設されるものにはエレベーターを設置することが通例となっています。こうした施設には動かすためのランニングコストもかかりますし、横断歩道橋の場合はその維持にもコストがかかります。また、地下道は地上からの見通しが悪くなることから、防犯上も気を配る必要性が生じます。

      こうしたコスト等様々な事情を考慮したうえで、横断歩道橋を造るのか、地下道を造るのか、交差点の形状を変えるのか、別の方法を考えるのか、検討する必要がありますが、新大栗橋交差点で言えば、中央分離帯と白線の移動程度で歩車分離をできたのですから、大いに意味のある事業であったと考えます。

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