稲田堤 路線バス廃止

2023年3月5日をもって、稲田堤バス停稲田堤駅前バス停を通過する路線バスが廃止されました。

廃止直前時点では、読02系統(生田折返場~塚戸~稲田堤)読04系統(生田折返場~城下~稲田堤)の2系統が運行されていました。いずれも土日祝の朝にそれぞれ1往復のみで、免許維持的な役割の大きい路線となっていました。

10年ほど前は平日朝のみ6往復程度あった気がするんですが、いつの間にか減っていました。もっと前は時間帯にはよるものの1時間に1本程度はあったようです。

廃止前にこのバスに乗ろうと、4時45分に起床して読売ランド前駅バス停へ。

5時57分。生田折返場始発の読02系統塚戸経由稲田堤行きのバスがやってきました。

乗客は自分含めて3人。1人はバス愛好者らしくカメラを持っており、もう1人は稲田堤駅前バス停で降りた高齢者でした。

神奈川県生活交通確保対策地域協議会の資料によると、2022年3月10日に小田急バスから路線退出の意向が示されており、廃止理由は利用者の減少が示されています。同資料によると、読02系統の平均乗車密度は1.3人、読04系統は3.7人と赤字状態だったようです。

バスは途中バス停で誰も乗せることなく、終点の稲田堤バス停に到着。小さな折返場に入り、折返便の発車時刻を待ちます。

読02は読04として折返し、読04は読02として折り返すダイヤとなっていたようでした。

30分ほどして読04系統(生田折返場~城下~稲田堤)が到着。同様に折り返していきました。

稲田堤駅前の観光道踏切を横断するバス

小田急バス登戸営業所の路線バスで踏切を横断するバスもこれで全廃でしょうか。

この稲田堤バス停がいつからあったのか調べてみたのですが、図書館にあったバス停表記のある最も古い住宅地図の1965年のものには記載がありました。すなわちそれ以前の開設と見られますが、いつからあったかはっきりした答えはわかりませんでした。個人的にはそんなに古くはないんじゃないかなぁという気がします。

1965年の住宅地図を見ると、小田急バスと記載のあるバス停は、塚戸バス停方面に続いており、読02系統のルートで運行していたようです(行先は不明)。(当時は西菅の団地・住宅地は存在していない)

多摩川

だいぶ前に記事にしたことがありますが、稲田堤はかつて桜の名所だったそうです。

昭和30年頃に道路の整備などにともなって伐採され、現在は桜の木はほとんど残っていません。

また、1973年までこの場所に「菅の渡し」という渡し船がありました。京王相模原線の開通により利用者が激減し、1973年4月15日以後休業し、同年6月2日に菅町会理事会で廃止が決定されたそうです。

渡し船で来た人がバスに乗り換える・・・なんて光景もあったのかもしれませんね。

ちなみに、府中街道から稲田堤にいたるほぼ直線の道路は「観光道路」とも言い、JR南武線の踏切は「観光道踏切」と名付けられています。稲田堤という駅名も、桜の名所にあやかって付けられたようです。

『菅町会60年記念誌』にはこんなふうに書かれています。

 観光道路は、第2次大戦中に建設され、名前のとおり稲田堤の桜をさらに世間に広め、観光客誘致を目的としたものでした。(略)
 観光道路が開通したのは昭和16(1941)年で、勿論歩道などありませんが、当時としては極端に広く思える道で、最初のころは交番から駅までと、更に多摩川堤までの間にも桜の苗木が植えられ、コンクリートブロックで根本が囲まれていました。
(略)
 商店が立ちならび交通が激しくなるころ、この部分の桜の木はなくなりましたが、観光道路は多摩川堤まで一直線に続いていましたから、駅から北側へとさらに商店が出店し、現在の繁栄の基礎となりました。

菅町会60年記念誌 P79

バスが開設されたころに桜が残っていたのかもよくわかりません。

稲田堤バス停と稲田堤駅前バス停は廃止となりますが、その他バス停は運行系統を変更して残るほか、他の路線も運行されています。10年くらいしてこの記事を見たときに、そういえばあそこにバス走っていたなと記録になれば。

撮影日:2023年2月19日 記載内容は執筆日または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。(0370)

コメント

  1. 名無しのおじさん より:

    1965年から記録があるとありましたが自分が生まれた年なので感慨深いです。登戸に友達が住んでいて、近辺の様子が気になるので寂しいです。
    (高校生の頃モノレールがなくなったり景色がかなり変わってしまった。)

    • yunomi-chawan yunomi-chawan より:

      1965年は図書館にバス停表記がある住宅地図で最古の物に記載があったということなので、バス停自体はそれ以前からあったものと思われます。
      この記事を書くにあたり近辺をぶらぶらしてみたところ、モノレールの記載が残っている古い案内板が割と見つかりました。その看板もいずれは取り換えられるのだと思いますが、まちは田舎とは違って移り変わり変化していくものだと思っています。なので、記録をしていかないと知らぬ間に変わってしまって、いずれ忘れてしまうのかなと最近感じています。

  2. カメ より:

    私は稲田堤に住んでおり、以前から乗車したいと思っていましたがこのブログで廃止を知り大変残念に思います。

    • yunomi-chawan yunomi-chawan より:

      廃止前に公開すると迷惑をかけると思い、廃止後に記事を公開しました。すみません。

  3. 匿名 より:

    いつか桜の再生が行われると良いですね〜

    • yunomi-chawan yunomi-chawan より:

      河川区域内(堤防含む)は河川法云々で色々規制が厳しいので、昔みたいな堤防上の桜並木は難しいかなぁと思います。
      国の伐採・植樹基準みたいなのもあったはずですが、正直結構面倒なのと、桜という樹種自体も結構面倒な樹木なので、難しいかなぁと感じてしまいます。

      すぐ横の稲田公園に桜を植えるとかなら、比較的簡単にできそうですね。

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